仏教伝来以来、己高山を中心に仏教文化の花を咲かせた滋賀県の高月町は「観音の里」と呼ばれ、村には国宝、あるいは国の重文に指定された観音像が多数点在しています。それらの多くは秘仏として長年集落に伝えられてきたもので、拝観するには世話方さんへの予約が必要だったりするのですが、一年に一度だけ、すべてが開帳される日があります。それが「観音の里たかつきふるさとまつり」。この日だけは予約なしにすべての観音像を見ることができる特別な日なのです。
目次
高月になぜこれほど観音像があるのか
湖北にある己高山は昔から霊山としてしられており、古代から中世に栄えた数カ寺の山岳寺院がありました。奈良時代、奈良仏教や比叡山の影響をうけつつ、観音信仰の「己高山仏教文化圏」ができあがります。
この時、鶏足寺を中心として己高山七カ寺が建立され、多くの観音像が安置されました。ところが、浅井家の領地でもあったこの地は、多くの戦火にみまわれます。そのたび、深く祈りをささげ観音像を信仰していた村人たちが、像を土中や川の中に沈めてその災いから必死で守り、現在では己高山七カ寺のいくつかは廃寺になり、湖北の集落で保存され公開されています。
事前準備としてコースを決めていこう!
毎年開催される「観音の里たかつきふるさとまつり」ですが、一日乗り放題の巡回バス(有料)が出ています。巡回バスは一日乗り放題で1,500円。観音像は湖北のさまざまなところに点在しているので、1コースでは回りきれないため、3つのコースが用意されています。
自分が観てみたい社寺を事前にピックアップしておいて、途中で乗り換えたりしながら、効率よくまわれるようにしましょう。
たいていパンフレットがPDFで用意されており、そこにバスのコースと停車するバス停留所(寺社)が記載されているので参考に。
持ち物
駅前にあるところもありますが、いくつかの寺社は急な階段と斜面をあがった山の上にあったりします。歩きやすい服装と靴がおすすめ。そして、夏の盛りなので熱中症にならないよう水筒などはしっかりと用意しておきましょう。(各社寺では地域の方々がお茶など用意してくださっているところもあります)帽子など日除けもあるとなおベター。
もし御朱印を集めているのであれば、御朱印帳の用意もお忘れなく。歴史民俗資料館には仏像スタンプも用意されています。
スタンプラリー
開帳されている24の寺社のうち、スタンプを6個集めると抽選会場で一回抽選できます。当たりの場合高月の名産品などがもらえることも。
では、ここから私が巡った9つのお寺をご紹介しましょう。
高月観音堂 十一面千手観音立像(慈眼山 大円寺)
JR高月駅から一番近い距離にあるのが、高月観音堂です。通常は拝観には予約が必要ですが、この日は世話役さんはじめ集落の方々がいらして一日開帳してくださっています。
木造の十一面千手観音立像。長浜市の指定文化財です。千手観音とは、千本の手と千の眼を有する観音菩薩で、1本の腕が25の役割を果たすといわれているため、多くは四十二手であらわされています。
室町時代の作。
賎ヶ岳の合戦の折、この観音堂も焼けてしまいましたが、この観音像だけは自ら火をのがれ村を守ったと言われており、火災から人々を守る「火除の観音様」として信仰を集めています。
こちらの観音堂には、薬師如来像、弁財天像、毘沙門天立像、不動明王像、地蔵菩薩像、釈迦苦行像と多くの仏像が安置されています。
十一面観音像(紫雲山 浄光寺)
高月観音堂から歩いて浄光寺へ。
正面に十一面観音、左右に阿弥陀如来・薬師如来の三尊が安置されています。お髭のせいかなんとも愛くるしい印象の観音様。頭上の十面もよく表情がわかります。
【国宝・県指定】十一面観音像 渡岸寺観音堂
浄光寺からさらに10分ほど歩いて、高月で最も人気のある渡岸寺へ。以前行ったことがあるのですが、拝観時間を過ぎていて見ることができなかった国宝十一面観音像をようやく見ることができました。
こちらは撮影不可なので購入したはがきより。日本には国宝に指定されている十一面観音像は7体ありますが、その中で最も官能的で最も美しいと言われているのが、この渡岸寺の十一面観音像です。
伏し目がちの目、優美な布、じとうと呼ばれるイヤリング、ふっくらとしたお腹まわりに、少しひねった腰はなんとも色っぽく、うっとりと見とれてしまいます。少しインド風の雰囲気もします。
通常、十一面観音像は頭の上に他のお顔が配置していることが多いのですが、こちらは左右の耳の後ろに2つの顔があるのがとても特徴的。
十一面観音はその深い慈悲により衆生から一切の苦しみを抜き去る功徳を施す菩薩であると言われています。それぞれのお顔は、仏面、菩薩面、瞋怒面、狗牙上出面、そして最悪大笑面といろいろな表情を見ることができます。
渡岸寺では、観音さまが真ん中に置かれているので、首の後ろに配置されている最悪大笑面もよく見ることができるのですが、これは、「悪への怒りが極まるあまり、悪にまみれた衆生の悪行を大口を開けて笑い滅する、笑顔」(wikipediaより)と言われています。なかなかドキっとする顔で何か惹きつけるものがあります。
高月観音の里歴史民俗資料館
渡岸寺のすぐそばにある歴史民俗資料館。ふるさとまつりの日は無料開放されています。企画展「戦火をくぐり抜けたホトケたち」が開催されていたので観てみると、腕がとれたり焼けただれたり、首だけになってしまった仏さまたちが安置されていて、どれほどひどい戦がこの地であり、それでも村の人たちが必死で守ろうとしたのだ、ということがひしひしと伝わってきて、少し涙が出そうになりました。
高月が観音の里と呼ばれるほど、これほど多くの観音像がいまも残っているのは、戦火の折、人々が土中や川の中に観音像を埋めて守ったからだと伝えられています。
【国重文】千手観世音菩薩/聖観音立像(唐喜山 赤後寺)
昼食を近江リゾートで食べてから、唐川集落へ移動。水路が集落の中を通っており、まだ生活用水として使われているのかもしれない。こういった水車も設置されており、非常に美しいエリア。
赤後寺は、日吉神社、長照寺と同じ境内内にあり、うっそうと茂る大きな樹木に囲まれた中、石段を上がっていきます。とても神聖な雰囲気がして、厳粛な気持ちになりつつ拝観することに。
ここには千手観世音菩薩/聖観音立像の二体が安置されているのですが、戦火にまきこまれた際に土中や川の中に埋めて守ったものの洪水がおきたため、手首などが欠け痛々しいお姿でした。
撮影不可のため購入したはがきより。
そのため長い間秘仏とされていましたが、重文に指定された時に村の人たちで話し合って、公開することになったそうです。
厄を転じて利となす「転利(コロリ)観音」とも呼ばれ、三回参拝すればコロリと往生できるんだとか。
川の中に埋めた際、そのままでは、と思って観音様の枕にしたのがこの御枕石として伝わっています。
十一面観世音菩薩立像(青陽山 赤分寺)
赤後寺からそう遠くない場所にあるのが赤分寺です。
こちらにある十一面観音立像も室町時代の作。よく見ようと思った時に、ちょうどバスで団体の方がいらっしゃって(ツアーで回ってるバスが多い)どどっと入ってこられお経をあげはじめたので、ちょっと近づけなかったです。残念。
境内には樹齢八十年のハナノキ(市指定天然記念物)もあります。
馬頭観音立像(横山神社 馬頭観音立像)
さらに赤分寺、赤後寺の近くにある横山神社へ。
ここは馬頭観音像が安置されています。頭上に馬の頭をいただいているのが見えるでしょうか。馬を神格化したビシュヌ神を仏教にとりいれたもので、悪を砕く、と言われています。
馬頭観音像は憤怒の表情をしているものですが(通常の観音像は慈悲の相をしているものがほとんど)、これは怒りながらも穏やかな顔なので、静かな怒りを感じさせられます。
【国重文】聖観世音菩薩・薬師如来坐像(龍頭山 普門寺)
本尊・聖観音菩薩立像は、伝教大師最澄の作と伝えられています。お堂は消失したため、明治13年に現在の大森山の上に移されました。かなり急な斜面を上がるので、村の方々が通うのも大変だろうと思われます。
現世利益をつかさどる観音菩薩と薬師如来が、山の上から集落や村人の暮らしを守っています。
十一面観音立像(己高山 松尾寺)
山の上にお堂があるのが続くのでなかなか辛いものがありますが、次は松尾寺の十一面観音像です。己高山七カ寺の一つでもあります。
スギ材の寄木造で、木目が強調された十一面観音像です。鶏足寺のものと同体であり、最澄が己高山の十一面観音像を制作した時に一緒に作られたと伝えられています。
千手千足観音(湖東山 正妙寺)
こちらも撮影不可のためはがきより。
松尾寺からそう遠くない場所、西野の集落にある正妙寺。こちらも山の上にある小さなお堂に安置されています。拝観時間ぎりぎりに飛び込みました。どうしてもここだけは見たかった!
西野山の西麓琵琶湖岸に「阿曽津(あそづ)」と呼ばれる大きな集落があり、豪族(阿曽津秀道)の内室の守護仏だったと言われている十一面千手千足観音菩薩像です。
忿怒相で、額には縦に第三の眼。脇手は左右各17本ずつ、脇足は左右各19本。全国で千手千足観音像はこの一体のみ、という非常に稀有な観音像です。
私の巡ったコース
- 【市指定】高月観音堂 十一面千手観音立像(慈眼山 大円寺)
- 十一面観音像(紫雲山 浄光寺)
- 【国宝・県指定】十一面観音像 渡岸寺観音堂
- 高月観音の里歴史民俗資料館
- 昼ごはん(北近江リゾート)
- 【国重文】千手観世音菩薩/聖観音立像(通称コロリ観音)(唐喜山 赤後寺)
- 十一面観世音菩薩立像(青陽山 赤分寺)
- 馬頭観音立像(横山神社 馬頭観音立像)
- 【国重文】聖観世音菩薩・薬師如来坐像(龍頭山 普門寺)
- 十一面観音立像(己高山 松尾寺)
- 千手千足観音(湖東山 正妙寺)
自家用車でまわることもできますが、駐車場が用意されているのは一部のお寺のみだったりするので、自家用車の場合、近隣の方々の邪魔にならないよう駐車するなど配慮が必要です。
一日で26箇所すべてを回り切ることは難しいですが、どの観音像もそれぞれに魅力があり、集落の人たちが大事に守ってきたというのが伝わってくるものばかり。今回巡れなかったところはまた次の年に…。そうして何度も訪れたい観音の里でした。
↓湖北の十一面観音像が出てくる本です。