文藝春秋から「はじめての文学」というシリーズで、作家のアンソロジー集が刊行され始めました。若い読者に向けて紡がれた作品集。今月、つまり最初の月には村上春樹と村上龍、来月は吉本ばなな、2月は宮本輝、3月は宮部みゆき…と続き2007年10月まで全12巻が出る予定。
村上春樹氏のアンソロジーに含まれる短編は、
シドニーのグリーン・ストリート/カンガルー日和/鏡/ことわざ/牛乳/もしょもしょ/沈黙/かえるくん、東京を救う ほか全17篇。
ほとんど読んだことがあるんだけれど、
「はじめての文学」各巻には、若い読者へ向けた、作家の書き下ろしメッセージが収められます。
ということで、それだけで読む価値はありそうだ。春樹氏は今までにも「若い読者のための短編小説案内」という本も出している。しかし、これは自作をとりあげているわけではないから、これはこれで面白いのだけれど、やっぱり彼の作品そのものを読んでほしいな、と思うわけで。
ちょっと話はずれて選集の事を考える。
「六の宮の姫君」(北村薫)でもふれられていた。(今、「六の宮の姫君」を出してこようとして、探し回ってしまった…。うーん、本の整理は、やってもやっても終わりがない…)
全集のラインナップを見ていると時の経つのを忘れる。誰のどういう作品が選ばれているかを見ながら、自分だったらこちらを採る、などと考えるのが楽しい。そういう意味からは、全巻の<選択>をした人が分かるといい。文学全集なら表向きの編集委員はいても、大体は編集部編ということになるのだろう。しかし、作品を選び選ばれるということは突き詰めれば個性と個性のぶつかり合いであり、愛の表現である筈だ。
今回は、作者が自分の作品の中から選んでいるんだけれど、私だったら、若くて(10代後半から20代前半)あまり小説を読んだりしない子たちに春樹氏の作品からいくつか選ぶとしたらどれかな、と考えると楽しい。単におすすめの作品ならいくつでもあげられるのだけれど、こういう選択の仕方って面白いよね。友人の春樹ファンたちにも聞いてみたい。
「はじめての文学」の話に戻るけれども、吉本ばなな氏のメッセージだけ発売に先駆けてサイトに掲載されていました。
私の作品は半分くらいファンタジーというか寓話(ぐうわ)であり、現実の重さはもっときびしいものだよ、と批判する人たちもいます。実際にそういう側面もあります。
しかし、私は若い人たちに、こう言いたいのです。
夢も持てない人生なんて、あってはいけない。夢とは、お金持ちになって広くて良い部屋に住み、仕立てのいい服を着て、おいしいレストランに行く……そんなものではないのです。夢とは、自由のことです。
私は、実際に会ったら、ケチでずるく腹も出てるし白髪(しらが)も目立つ単なる口の悪い子持ちのおばさんですが、現実ではなく、小説の世界では言葉で魔法(まほう)を使います。そこだけは大人として信頼(しんらい)できる点です。
それは、現実のせちがらさを忘れるためにウソを描(えが)いてみなをだまそうとしているのではなく、この世に生まれたことをなんとか肯定(こうてい)して受け入れようではないか、だいたいが面倒(めんどう)で大変なことばかりだけれど、ふとしたいいこともあるではないか、そういうことを言葉で表したいのです。
いい言葉だ。小説の世界だけじゃないじゃないか。魔法が使えるのは。
はじめての文学 村上春樹
はじめての文学 村上春樹